東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)

現地会議

3.11の今がわかる会議 in 東京

2011年3月11日に発生した東日本大震災から8年が経過しますが、復興は道半ばにあり、コミュニティ形成や見守り、過疎化・人口減少を踏まえた復興まちづくり、震災で傷ついた子どもの支援、避難指示解除後の生活再建など共通課題から各県の個別課題がいまなお残っています。これらの課題を考えることは、これから日本が抱える社会課題を考えることにもつながり、また、各地で発生している次災害への教訓や知見を生み出す機会でもあると考えています。今、東日本大震災で起きていること、課題となっていることについて、岩手県、宮城県、福島県ならびに開催地である東京からもゲストを迎えて多くの方と考える機会にしたいと考えています。

1. オープニング

開会挨拶と趣旨説明

NPO法人 日本NPOセンター 渡部日出夫(東日本大震災支援全国ネットワーク 世話団体)

2020年は復興五輪の年でもあるが、改めて、東京で会議を開催する意義を考えてもらいたい。東北3県においては、公共道路、施設の整備は進んでいるが、高齢者が「おれの知ってる街じゃねぇ」と言う現実がある、改めて、このままでいいのか?を考える機会になることを期待している。

来賓挨拶

上野康博様(復興庁 ボランティア・公益的民間連携班/男女共同参画班/労働担当 参事官)

全国からの支援によって復興が着実に進む一方で、心の復興や震災前からの課題が表出している現状もある。また、復興支援の中から様々な知見も出ていているため、今後につながる機会になればと考えている。

2. パネルディスカッション 「孤立・孤独を地域で見守る活動」

登壇者

  • 岩手県:東梅麻奈美 氏/NPO法人ワーカーズコープ大槌地域福祉事業所 所長
  • 宮城県:新井信幸 氏/NPO法人つながりデザインセンター・あすと長町 副代表理事
  • 福島県:米倉一麿 氏/NPO法人相双に新しい精神科医療保険福祉システムをつくる会(相馬広域心のケアセンターなごみ) センター長
  • 東京都:森田眞希 氏/NPO法人地域の寄り合い所 また明日 代表
  • コーディネーター:東日本大震災支援全国ネットワーク 代表世話人 栗田暢之

岩手県:ディスカッション内容

東梅氏
  • 地域共生ホーム「ねまれや」についての活動を報告いただいた。
  • 大槌では、子どもを預ける場所がない、発達障害のある子どもの居場所がない、子どもの遊ぶ場所がないなど様々な子育て世代の課題があった。一方で、仮設住宅から公営住宅に転居したことで、コミュニティから離れてしまった、お店が近くになく、買い物いけず、外出が減った、4畳半の部屋で1日過ごしているなど、高齢者世帯の課題も多くあった。これらの困り事を一緒に解決できる方法がないかと思案し、誰でも気軽に立ち寄れる施設を作ろうと考えた。それが、地域共生ホーム「ねまれや」であり、2016年1月に完成した。
  • ただ、制度事業だけでは、利用できない人もいるため、制度でカバーできない事業も展開している。子ども食堂、買い物ツアー、お茶っ子サロン、介護予防体操などを展開している。制度事業以外のことを実施することで、地域の方々が手伝ってくれたり、高齢者が子どもを見守るなどの効果もあった。
栗田とのやりとり
  • (栗田)震災時はどのような状況であったか。また、どういったきっかけで、ねまれやを立ち上げたのか。
  • (東梅)当日は内陸にいたため津波の様子はわからなかった。ただ、ヘドロの匂いなど写真などではつたえらない光景は覚えている。ショッピングセンター、交流センターなどのハードはできたが、子供を預けられるところ、発達障害の子の預けられるところ、大人がホッとできる場所がない。高齢者が「生き残ってしまったストレス」「お父ちゃんと一緒に死ねばよかった」とのつぶやきから、何が出来るか?考え、ねまれやを立ち上げた。
  • (栗田)話を聞いて、東梅さんの人柄もあるかもしれないが、人を巻き込むのがうまいと感じた。ねまれやの由来は何か。
  • (東梅)ねまるは、座るという意味である。ねまっていけは、ちゅっと休んでいけとう意味で、誰でも気軽に立ち寄って欲しいとう思いでつけた。

宮城県:ディスカッション内容

新井氏
  • 災害公営住宅(あすと長町)の集会所における取組の報告をいただいた
  • 仮設住宅における集会所の利用実態調査を行い、どうすれば集会所が有効的に活用できるのかを考えた。各団体の活動の参加者は固定化する一方で、各活動における参加者の顔ぶれは少しずつ異なっていた。つまり、多様な団体の活動が多様なつながりを生み出すということがわかり、多様な団体の活動を本人が選択できるということが大事であることがわかった。
  • 集会所の運営システムとしては、個人や外部に利用を開放したり、申込みやすさなどを意識した。また、ふたっと寄れる配置や室内が伺えるようにしたり様々な工夫を凝らした。
  • 団体としてはあすと食堂を展開し、役割分担含め様々な方に参加できるような事業も展開した。
  • 孤立を防ぐには、つながりの多様性と重層性が必要であり、自治から運営という新たな地域運営システムが必要である。
栗田とのやりとり
  • (栗田)集会所に目をつけたのはどうしてか。
  • (新井)あすと長町は、どうぞ孤独死してくださいという建物ができてしまった。当初10世帯単位でしか入居認めない条件だったこと、沿岸から遠い(交通の便はよいが)ことから、入居率が上がらなかったが1世帯でも入れるようになり、入居率は上がったが、孤立化の懸念は高まった。アンケートの数字から、80世帯(320世帯のうち)は、日常会話なしとの結果があった。仮設の集会所には、毎日のようにいろんな団体がきており、様々な住民が参加していた。公営住宅の集会所でも同じように環境をつくことが、希望にもつながると気が付いた。参加者は、固定化してくるのは、仕方ない。参加者を増やすには、たとえ同じような内容のお茶会でも、実施団体がちがうとちょっとずつ参加メンバーは違ってくる。「あちらにはいかないけど、こちらにはいく」仕掛けが大事。自治会長が必死に毎日やっても、負担の大きいわりには、出てくる人を増やせない。しかも、集会所鍵担当者(主に自治会幹部)になる人物が管理主義者だと、借りる側がおっくうになりがち。きれいに使うべしという発想から靴を履き替えるルールができたりする。そこにどんな意味があるのか?(ふらりと立ち寄れる場所との意義に反してハードルが上がるだけ)。月1回程度なら、(良い意味で)遠くのよそ者で2~3時間かけてもイベントやりに来る人はいる。例えば、動機として、田舎に行きたい/しわくちゃばあちゃんに会いたいという動機でもいいと思う。逆に、近すぎため、息苦しい場合もある。なんのために見守りをするのか?「自立を妨げる」「エリアの構成員だけでやるべき」という精神論に意味があるのか?と考えている。

福島県:ディスカッション内容

米倉氏
  • 相馬広域こころケアセンターなごみでの事例を報告いただいた。
  • 就労に結びつかず、ひきこもりになる事例、自分が何困っているかわからずSOSが出せない事例、精神障害等を抱えており思うように就労ができない事例などについて報告をいただいた。
  • なごみでは、集団支援と個別支援によって、一人ひとりを支援している。また、支援が届きにくい方にはアウトリーチを通じた支援を行っている。
  • サロン活動では、地域でのつながりを強化し、孤立を防ぐことを行っており、サロンを通じて、様々な機関につなふきっかけにもなっている。
栗田とのやりとり
  • (栗田)精神疾患を抱える人と地域はどう接していけばいいのか
  • (米倉)まずは、実態を広くしってほしい。例えば、アルコール依存症の人は、体験を人に語ることで、自分の誓いを再認識することができる。体験を聞いてくれる人が必要である。

会場からの質問

質問1:
福島県に、月2回通って、カラオケ会を実施している。コミュニティが分断されている中、頑張っておられるなと、新井先生にがんばってほしいと思っている。質問は、つなせん(新井氏の団体)の今後の方向性は?

(新井)公営住宅の集会所の電気代は自治会負担となるため、使わないという自治会もあるため、使うほど収入がある仕組みを作っていきたい、受益者負担とするのが継続の秘訣とおもって仕掛けている

質問2:
ねまれやに対し、町からの支援、他の協力団体はあるのか?

(東梅)私は今、コミュニティ支援室の調整員や教育委員会の子ども支援部会の部会長もしていることもあり、教育委員も柔軟になってきた。支援者同士も繋がろう、子ども達のことを語ろう、何を残していったらいいのかを考える場が増えてきている。

栗田からの質問:
10年は、ゴールではないが、5年先、10年先の展望は?

(東梅)活動費、学童保育、デイサービスという事業を運営している。使う人もお金を払って使う仕組みを作っている。予算がなくなるだけではなく、人がいなくなる。復興予算で来ている専門職が、いなくなる不安がある。そのあとどうなるか、みんなでやっていく、専門的なところを誰がカバーするかは不安残る。

(新井)孤立しなくて済むコミュニティをつくりたい。集会所の活用を広めたい。シェアハウスの運営で、稼げないか。全国の空き家を利用できないか、模索中である。コミュニティ支援にお金はつかない。

(米倉)自分の地域の保健師は精神疾患を抱えた住民に対して表層的に対応するところがあるが、全体を俯瞰的に見てほしい。

休憩前に、会場内で物品販売をしているNPO法人応援のしっぽの広部さんよりコメントをいただきました。

(広部)手づくりから、販売にこぎつけた人たちの物品販売を実施している。イベント時のワークショップ、引きこもりの人の場作りをやってる人たちでもある。はまのおばちゃんシバタさん(故人)の言葉「ずっと(支援を)もらってばっかりは、嫌だったの。」「恩を返したい。自分たちが笑顔で生きていることを地元の人に知らせたい」が、手芸品販売しているおばちゃんたちの気持ちをよく表していると思う。ぜひ、買ってください。

※東京からの登壇者である森田氏は当日の台風の影響で参加できませんでした。

3. 県別のトークセッション

岩手県
テーマ:3.11の経験を次世代へ繋ぐ〜岩手からの恩送り~
登壇者:菊池のどか 氏/株式会社かまいしDMC/地域創生事業部鵜住居トモス運営課

宮城県
テーマ:津波がこどもに与えた影響とこどもを軸とした地域づくり
登壇者:天澤寛子 氏/NPO法人浜わらす

福島県
テーマ:避難指示解除区域の現状と課題
登壇者:横山秀人 氏/一般社団法人いいたてネットワーク 代表理事

岩手県のトークセッション内容

菊池氏
  • 釜石東中生だった。逃げたが、その時は死ぬことも覚悟した。
  • 高校生になって、地元を離れ、「東中で生き残ったやつだ」と言われない環境になり、のびのびできた。進学した岩手の大学ではキャンパスライフをエンジョイしていた。みらい館には新卒で就職して5か月経つが「次のいのちは絶対に守る」という意思で語り部をやっている。
  • 奥の展示室は、見たくない人もいる中、図書館など手前の施設に地元の人が集まるようになった。最初は、設計ミス?と思っていたが、正解だった。
  • 課題と思っているのは、大人への防災教育である。台風の時、どこへ逃げるの?知らない大人が多いことにおどろいた。また、子どもへの防災教育の難しさも感じている。震災時の記憶のない子は、昔の地形をしらない。家庭環境も複雑になっている。例えば、友達だった子同士が、親の再婚で兄弟になったケースなど。お年寄りへの防災教育においては、若い人に助かってほしいからなどと遠慮せずに生き残ってほしいが、どうしたらいいか?
  • 初めて見たふるさとの記憶が瓦礫の世界である子どもにどう、つたえたらいいか?では、どういう町にしたい?と問うたら、都会に住みたい/ここに住み続けたいとの返事がある。
  • 伝承施設であり、かつ地元の集会所という役割もみらい館は果たしている。「孤独死したくないから、ここにきて、草取りしてるの」という人もいる。その人たちがやりたいといっていることは、どんな些細な希望でもかなえたい。
会場からの質問やコメント

質問1:
学生とともに、みらい館で菊池さんのガイドを受けた時、今住んでいる地域の人とつながってほしいという言葉が印象深い。震災の記憶がない世代の、家庭の中での震災教育の実態を知りたい。

(菊池)私自身は、「地震来たら、ほらほらしてんなよ~」とじいちゃんが教えてくれていた。ひいばあちゃんも事あるごとに口にしていた。なので、多くの家庭で心構えは今も伝えられていると思う。ぜひ、みらい館に来てほしい。

質問2:
がれきの街が懐かしいとつぶやいた子どものコメントに、「悲惨な被災地」という固定観念が覆った。

(菊池)この子達の気持ちをわかっていなかった。その子たちをかわいそうと思うのではなく、その子たちの故郷があっていい、そこから、未来を一緒に考えたい。

質問3:
傾聴支援のボランティアしている。復興した姿と自分の記憶とつながらない。立ち入り禁止区域の方が、懐かしい。時間がストップしているから。その時の記憶が強烈に残っている。強烈すぎて、誰かに伝えるのは難しいのかもしれない。世代がちがうと記憶もちがう。

(菊池)自分たちと上の世代でも、もともと違う記憶をいだいている。その時どこにいたかによっても違う。自分たちの町でどうしたらいいのかわからない。その人が家に帰って、ばあちゃんと仲よくしよう、喧嘩したけど仲直りしようと思ってもらえたらそれでよい。

質問4:高齢者でも未来館にきて、はなしてもらえたらと思う。防災井戸端会議で、話してもらってる。地域の方にも集まってもらっている。語ることが大事。

(菊池)新しい語り部も出てきている。例えば、防災センターの生き残りの方、今はまだ話せなくても(自分のことを座敷わらしといって何も話さず、私のガイドの横にいるだけ)少しずつ話す気持ちになっているひとがいる。

岩手県のトークセッション内容

天澤氏
  • 子ども達のケアは、後回しにされている気がする。震災直後から、シャンティの活動から始まり、2015年8月にNPO法人を立ち上げた。海の近くに住んでいるのに、海で遊ばない子どもたちがたくさんいる現状だった。サケが遡上する川の護岸工事進み、ますます海に近寄りにくくなった。学校行事でも保護者の同意が無ければ、海に連れていけない。
  • ある生徒が、海に8年間一度もいったことがなかった(高校3年生)といった。当時は小学低学年、どんな想いで、保護者は、その子を海から遠ざけてきたのかを考えた。他にも海に行く行事を企画する途中でリタイアした女生徒がいた。理由は、海に足を付けることができないということだった。彼女は、6年生で、当時3歳。おばあちゃんに背負われて、黒い波を見たという記憶があるが、その下の兄弟には、震災の記憶がない。
  • 水、電気を制限した防災キャンプを実施している。言葉で伝えるだけではなくて体験して身に着けてほしい。水産業を伝えることに加え、自然の海のすばらしさを五感で感じてほしい。
会場からの質問や感想
  • おもちゃの図書館活動をやっている。子どもの心のケアがどうしても後回しになりがち。気仙沼、釜石、でもおもちゃ図書館展開している。
  • 8年経っても保護者が、子供を海に行かせたくないということに驚いた。これほど、海から遠ざかった8年というのは、今までになかったのではないか?「防潮堤ありき」で、長い期間、海の近くに行けない状況が続いたのは、これまでにない現象だと思う。

(天澤)今年14.7mの防潮堤が完成した。「海が見えなくなることの方が恐ろしい」と地元の人はいっている。

  • 学校の先生はあまり前向きでない場合があるが、そのあたりの連携はどうか?

(天澤)海につれていく行事を学校行事に取り入れてくれる(海を知らないことをもったいないと思っている)先生、公民館の大人もいるので、すこしずつ広げている

福島県のトークセッション内容

横山氏
  • 飯舘は、標高450mで、海のない村である。現在は、私の家の近くには、フレコンバックがたくさん積まれている。田んぼの土は5cm土をはぎ取って黒い袋にいれられ、山砂で埋められた。地域のグランドはくさぼうぼうである。
  • 「ふざけるな!」といいたい。
  • この状態で、戻っていいよという場所なのか?フレコンバックから草が生えている。山のキノコ、川の魚は汚染されているので、食べてはいけない。国県村が戻ってもいいと言っているのだからと、賠償は、止まっている。戻らないと「自主避難」と言われる。
  • 世帯数が増えているという数字は、世帯が分離、爺ちゃん夫婦、母と息子、父と娘で3倍という実態である。
  • 村民のための交流会を実施しても、福島県補助金は受けられるが、村の補助金は貰えない。村内で実施しないから。そういう行政の姿勢を知っていると、国や自治体から、説明会があるといわれたら、何かあるなと思ってしまう。例えば、避難解除になってから、1年で学校を建てるので戻ってこい。たとえ、それに対して保護者がもう少し時間をかけてほしいと要望書を出しても、聞く耳なし。
  • そんな中、どこに、住民票を置けばいいのか?移したら、施策に意見が言えなくなるという苦悩。
  • 私の両親は、飯館村で、野菜を作って、道の駅で売るのを楽しみにしている。検査をうけているので、ぜひ、買ってほしい。
会場からの質問や感想

感想1:
私も浪江から避難しているが、正しい情報を届けたいが、聞いてもだれも答えない。ちょっとしたきっかけで汚染土が舞い上がり、シーベルト上がる。帰っていいというのは、無理がある。

(横山)なかなか心から伝えたいことを話せる場は少ない中、今回は貴重な機会だった。仲間がいることが確認できてよかった。

感想2:
正直なところ、福島には目を向けずに来た。復興というフェーズだけではない。一人ひとりの生活の再建が大事だと思っている。60~70%が戻ってくれば、いいのか?避難先で、幸せになればいいのか?どういう方向をサポートするのがいいのか?正解はないと思うが。

(横山)もどらなくても、飯館のことを考えるということが大事。戻るも戻らないもあり。役場からのお知らせがメールで届く環境は、パソコン環境に疎い世代(その世代こそ、村に戻りたい気持ちが大きいのに)に対しての配慮はいかがなものかと思う。私は、震災時は、役場職員だった。村の方針と自分の意思が相反していたので、やめた。役場職員を辞めたから言えることがある、そうやって村民を支援するやり方があると思う。

4. 閉会

閉会の挨拶と総括

栗田暢之/東日本大震災支援全国ネットワーク 代表世話人

  • 被災地の現状を知るという意味で、貴重な機会だった。「どれだけ行事が行われたのか/新しいハードができたか」ではなく、NPOの地道な活動が、生の声を通して、現実現状を知るために大切な役割をはたしている。そういう機会を作っていくのがJCNの使命。
  • 今後の予定としては、広域避難者の支援者をつなぐミーティングを企画している「私は」なにができるのか。主語は私で考えていただきたい。それを考える機会として、JCNの東北ツアーにも参加いただきたい。
  • 現地担当が、3県に根を張って活動しているからこそ、本日の登壇者をお呼び出来た。

開催概要

タイトル 3.11の今がわかる会議 in 東京
日時 2019年9月9日(月) 13:30-18:00
会場 TKP東京駅セントラルカンファレンスセンター ホール12A
(東京都中央区)
主催 東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)
共催 東京ボランティア・市民活動センター
助成 復興庁コーディネート事業
参加者数 83名(一般63、登壇7、来賓1、関係者12)