避難されている方々へ

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ブログ:中国

鳥取県智頭町の避難者支援の例から思うこと

鳥取県東部南端の智頭町には避難者としての登録をしていない家族が私知るところだけでも2家族いる。このうちの一家族は関東からの自主避難者であるが、パン製造等の店舗を町内に開業し、家族だけではなく複数人数を雇用して順調に商売を行っている。

この家族への智頭町の支援は所謂「避難者支援」ではなく、「移住者」または「起業者」への支援である。まずは開業にあたり閉園となった町立保育園の園舎・グランドの安価での貸与、開業にあたって必要な資金の補助、またお店のある集落の自治体などとの融合のための斡旋を行った。

故に、地元集落ではこの家族に対して「避難者」という認識はなく「移住者」として受け入れ、接していることを感じた。もた、この家族も「避難」を表には出さずにあくまで移住と起業を前面に出し生活している。

この形態は、避難者の一つの定住成功例として評価してもいいと思っている。このような形態の支援を見ていると、支援団体の在り方も、その避難者の状況・意欲・スキル等に応じて柔軟に且つ広範に支援を行っていく「力量」が求められているのではないだろうか?その辺りで、行政と連携を考えていくならば「支援策」も多岐に亙るものが用意されているし、行政も支援を行いやすいのではないかと考える。

そこで大切になってくるのが「避難者」の自立へ向けた直接的支援なのでないだろうか。生活に寄り添い、精神的にも寄り添ってきた支援はこれからも大切なものであろうと思うが、そのの支援にこの「自立力」を付けるための支援が加わってくれば少なからず「自立」し「定住」する避難者がいるのではないかと思っている。

福井正樹

避難者への理解・・・中国地方の場合

近い地域でも福島県から1,000km近く離れている中国地方では、震災発生から年月が経つほど「避難者」への理解が浸透しにくくなっている。

「理解」という概念よりも「存在」といった概念の方が正確なのではないかと思うくらい「避難者」に対しての関心が低いことに驚く。特に、その後の様々な災害が発生するたびにそのことは顕著になっていっている感が否めない。

そこで今回は、われわれ支援者側から見た「避難者」と、市民側から見た「避難者」の「存在」の本質の違いについて書いてみたい。

われわれ支援者は、常に避難者の存在を身近に感じ意識している。それはもちろん「支援」のことを考えているからに他ならないが、要は避難者と接する機会の多さ、震災そのものへの理解・関心の深さがあるからである。

そこでそのことを、そんな自ら(支援者)を客観的に認識できていないと(認識できていない時)往々にして一般市民の避難者への理解の無さに無力感を感じたり、腹を立てたりする光景を目にすることになる。

「避難者の立場を分かっていないなんてひどい!」とか「避難者を支援し助けてあげるのが当たり前なのに」といったようなことをいう支援者を時々見かけるのである。こう思うこと自体、仕方のないことで、こう思うことを決して非難できないが、それを口に出してしまったり、市民に食って掛かったりしてしまうことは避けなければならない。その行為は実は更に避難者への関心を弱め、「存在」を消してしまうことに繋がりかねないからだ。

一般市民は決してヒューマニズムに欠けている訳でもなく、「存在」に関心が無い訳ではないのだ。その実像を、実態を知らされていないからに他ならないのだ。

われわれ「支援者」は、息長く、辛抱強く、丁寧に、避難の実情、避難者の存在、避難生活の状況を、できうる限り客観的に、時には冷徹に感じるほど客観的に伝え続けていかなければならいのだと、「避難者の存在」に関心のない人たちに出会う度、そう思うのだ。

避難者支援のための市民理解と啓発

とっとり震災支援連絡協議会(鳥取県鳥取市、川西清美代表)では、年間を通して県民向けに避難者の声を届ける啓発事業を30回程度行っている。

啓発先は、小学校・地域公民館・企業・業界団体など多岐にわたる。その際に集まってくる人たちも種々雑多である。小学校への出前授業に目を輝かせて聴いてくれる子どもたち、公民館に集まってくる町内会の高齢者の方々、深く頷きながら聴いてくれる企業戦士たち・・・。本当にいろんな人たちが深く理解を示し聴いてくれる。

啓発は、支援者と避難当事者のコンビである。支援者は広域避難の現状・避難者の生活状況・避難者の声などを・・・。避難当事者は、震災当時のリアルな様子やご自身の感想、避難に至るまでの心の動きや避難そのものの具体的動きなどを・・・。

この啓発事業に至った経緯と思いを「とっとり震災支援連絡協議会」佐藤事務局長に聴いた。

『支援をしていく中で聴いた避難者の声の中に「地域にとけ込みにくい」というものがありました。県民(地域住民)は、東日本大震災の避難者が鳥取県に避難してきていること自体を知らなかったのです。これは一人でも多くの人たち(県民)に避難者がいる事実、避難者の方々の様々な思い、支援に協力してほしいこと等などを伝えていかなくてはと思ったのです』(佐藤事務局長談)

とっとり震災支援連絡協議会は、避難者支援の全てを鳥取県からの委託事業によって行っている。この委託事業の中に「啓発事業」を組み込んでいった。支援者はボランティアで、避難者には委託金の中から謝金を支払う形で平成25年度からスタートした。

自治体からの委託事業を1年でも長く継続させるためにも、この啓発事業は実は大切だったことに後になって気づく・・・。

県費(税金)で支援事業を行っている県執行部からすれば、予算を通すためには議会の承認が必要である。議会承認してもらうためには議員の理解、更に議員を選出する県民の理解が必須である。啓発事業を続けることによって、地域住民(県民)の理解を広げ、それが議員の耳に届き、県費を使って避難者支援を行う必要性を議会で承認してもらう(応援してもらう)ことに繋がっていくのだ。

鳥取県の例を見て明らかに分かることは、避難者支援には地域住民・受け入れ先自治体の理解や協力が大きな力になるということである。

時間がかかるし、効果の程が見えにくいという障壁はあるものの、震災後5年以上が経過した今、「風化」を防ぐ意味でも、支援を継続していく意味でも「地域住民に対する啓発」は全国で広げていくべきものではないかと思う。

中国地方で支援にかかわり、感じること

中国5県支援ネットワーク会議の松岡です。震災から5年になる今、中国地方で支援にかかわり、感じること。支援の現場の周辺でさえ、避難者・移住者(以降、避難者)の状況や思いが伝わりにくいことがあるのではないかということ、これに影響しているのかもしれないと思われる4つの要因について書きます(*1)

1つ目は、支援者と避難者のパワーバランス。避難者は、震災や避難・移住の影響で、心理面、社会面(人のつながり)、経済面等、あらゆる面で弱くなっている状況のため、どうしても立場が弱くなるのに加え、「受け入れていただいているのだから」という遠慮など、言いにくさを感じることがあります。支援者と避難者の年齢差、性差によるパワーバランスもあると思います。

2つ目は、中国地方は被災地から距離が離れているため、被災地から近い避難先におけるより、避難者をとりまく複雑・特殊な事情(*2)や、食に対する心配(*3)をご理解いただきにくいこと。避難元が関東等、被災地から離れた地域であるほど、避難の理由への共感を得にくいのは、今回の災害ならではだと思います。

3つ目は、コミュニケーションにおける東日本と西日本の?文化の違い。「言いたいことは、はっきりと言うべきだ」という声を、東日本より西日本で多く聞くような印象を私は持っています(*4)

支援されている立場では、事を荒立てないためなどの理由で、強く言えない場合がありますし、本当に助けを求めている方は声を上げられないこともあります。支援される側も思いを伝えるための努力が必要ですが、支援者からも「相手が言いにくい思いを抱えているかもしれない」と寄り添いたいものだと思います。

4つ目は、セカンダリートラウマ。先日、一般社団法人 日本ソーシャルセラピストアカデミーの志村友理様によるクライシスカウンセリングの講演会で、このことを知りました。被災によるPTSDで元々あった心理的な傷が表面化して、自分や他人を攻撃するようになり、それが伝染する。その結果、人間関係が壊れたり、攻撃先となった方が傷ついてしまったりするということです。

攻撃が自分に向くと、メンタルトラブルが起こりやすくなり、他人に向くと、特定の人に対して共依存になったり、攻撃的になったりすることもある。そして攻撃を受けた方が別の方を攻撃する、というように伝染しやすいそうです。

攻撃は特定の人に向かうため、周囲からは「あの人が攻撃的なことをするはずはない」と理解されず、攻撃を受けた方の心や、支援の場の人間関係が壊れてしまう。このような事例が多くあるとのことでした。

この影響で支援者が余裕のない心理状態になり、相談を受け止めきれなかったり、避難者に攻撃の矛先が向いたりすれば、避難者は安心して相談できないでしょう。支援者は、支援に携わる動機や初心を忘れずに、カウンセリングや支援者に起こりがちな心の状態についてきちんと学び、健全な心理状態で支援できるよう、心身をメンテナンスする必要があると改めて思いました。

実際は、前述した複数の要因が重なる事例も多いと感じます。避難者とのコミュニケーションにおいて、このような要因による問題があったとしたら、これらを認識し、解決しようとする意識がなければ、どのようになるでしょうか?

避難者は予期しなかった厳しい経験をしており、悩みを抱える方も多くいらっしゃいます。そのため、思いを表現して受け止めてもらいながら気持ちや考えを整理したり、発言を否定されることのない場で、安心して交流できる機会が求められています。

思いやその方がおかれた状況などを伝えるのは、心の健康のためだけではなく、避難・移住に関するわかりにくい事情を避難先の方にもご理解いただき、地域に根付いて生活していくためにも、必要だと思います。それにもかかわらず、十分に伝えられないことがあるのではないかと見受けられる現状。問題の深刻化に拍車がかからないことを願わずにはいられません。

支援の現場では、複数の要因が絡んで深化した、簡単には解決できない問題に直面することも多くあります。避難者も支援者も、自分の考え・やり方に固執するのではなく、「本当はどのようにありたいのか」、支援者は「自分はどうして支援にかかわるのか」という原点に戻り、お互いの思いや状況を理解し合えるよう歩み寄って、問題解決に向かえればと思います。

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*1 この記事では、支援活動における課題ではないかと個人的に感じることを書きました。記載したようなことがどれくらいあるのか、何が要因なのかなど、客観的な調査が必要かと思います。

*2 岡山で相談事業を行っていると、他県に避難した後、岡山に転居される方など、避難・移住を希望される方が、今でも多くいらっしゃいます。「うけいれネットワーク ほっと岡山」には、これから避難・移住される方からの相談が2014年度は延べ230件以上、2015年度も延べ120件ほどありました。同じ県内にいても、事故後、早くに避難・移住し、避難生活が長期化している方と、避難・移住したばかりの方では、おかれた状況、抱える問題の種類・質に違いがあります。岡山では関東からの避難者が6割以上を占めるという点でも、被災地から近い避難先と異なります。避難元や避難先の違い、食生活等、災害の影響に対する考えや、避難・移住が家族か母子か単身かの違いによる問題、情報が行き渡らないこと等による支援の不均等、避難と捉えるか移住と捉えるかの意識の違いもあります。

*3 避難先で他の人と理解し合い、人間関係を構築するのを妨げる要因として、食に対する意識の違いもあります。地域のこども会などで提供される飲み物やお菓子を口にすることに、不安を感じる方もいらっしゃいます。そのような方にとっては、会話を円滑にするはずの飲み物やお菓子が、その会に足が向かなくなる原因となり、人との交流から遠ざかってしまうことになり得るのです。

*4 西日本に避難・移住した複数の方から「(避難・移住先でのコミュニケーションは)外国でのコミュニケーションと同じ。察してもらうことを期待してはならず、はっきり言わなければ伝わらない」、「東日本では言い訳は格好が悪いというイメージがあるが、西日本ではそうではないようだ。言わなければ、誤解されてしまう」という意見を耳にすることがありました。

「うけいれネットワークほっと岡山」ネットワークで支援を支えていくこと。

東日本大震災から5年め、「集中復興期間」から「復興・創生期間」へと変化するときを迎えます。広域避難者支援の現場では、この5年間をどう振り返り長期化する避難者への支援に取り組むか、避難者ご自身の変化と、それに沿った支援のあり方の見直しも求められているように思います。

大きな区切りとなる次の5年を見据えて、「うけいれネットワーク ほっと岡山」は次年度以降の準備を意識的に取り組んできました。それらについてほっと岡山の視点からご報告します。

県内自治体向け意見交換会の開催

今年度前半の5月、8月の2回、ほっと岡山と特定非営利活動法人岡山NPOセンターとの共催にて、県内自治体の避難者支援担当課、及び、移住定住担当課の皆さんに向けた「岡山県内における東日本大震災避難者支援の現状に関する情報交換会」を開催しました。避難者支援の窓口は各市町村が直接の窓口となっており、また、定住移住の支援が具体的な長期避難生活、及び生活再建に関わることから、引き続きご理解と行政区を超えた支援の現状を等しくお知らせする機会として企画しました。

震災後からこの間、岡山県にて避難者支援に取り組む際の包括的な連携プラットフォームはなく、行政、中間組織、民間支援団体、個人などさまざまな支援の主体が、有機的に点と点とで繋がることで支援ニーズを捕捉してきたと振り返ります。より多層な岡山の社会資源と安定的に連携していくために、行政をも含めたプラットフォームのかたちとして提案の機会としました。

参加された職員の皆さんから、「広域避難の受入れ先での支援状況を例として知りたい」、「復興庁の事業について詳細を知りたい」等、ご意見を聞かせていただきました。

8月の第2回めの意見交換会では、ほっと岡山からいくつかの政策提言を提案させていただきました。行政と連携した「戸別訪問」、移住定住のための「コーディネーター配置」、包括的な情報共有のための「プラットフォーム設置」の3つについて、提案させていただき、具体的にすすめていく際のアドバイス等についてお聞かせいただきました。ほっと岡山のネットワーク組織がいかされ、3つの提言が次年度具体化されることを願っています。


【8月、岡山市で開催した「岡山県内における東日本大震災避難者支援の現状に関する情報交換会」の様子】

議員の皆さんに向けた講演と情報交換会

同じく8月には、岡山県議、また市議、国会議員の皆さんに向けた情報交換会を開催しました。避難者受入れ先でのご理解の継続は必至であり、西日本で多く避難者が存在していること、受入れ先として岡山県へのニーズが高い現象があったことを、さまざまな視点からよりご理解いただきたく、前半には「原発避難白書」にご寄稿されている高橋征仁教授(山口大学人文学部)による講演「広域避難をめぐる多様性と課題」を企画し、後半にはほっと岡山構成団体との意見交換の場を設けました。

県議の方からも積極的に情報の提供をいただき、活発な意見交換の場となり、今までも多くの議員の皆さんにより、声を伝える機会をいただきてきましたが、主体的に支援団体から提案していく機会も必要だと認識できる機会となりました。

今後、5年めを迎えるにあたり、支援の現場は「ゼロを目指して閉じていく」ことが方向性としてあると認識しますが、そのかたちや大きさ、役割を都度確認しながら、そしてネットワーク団体として最大限いかされるような組織づくりを目指していきたいと思います。


【岡山市で開催した講演「広域避難をめぐる多様性と課題」」の様子】

中国地方における広域避難者支援の5年目

長期化する避難状況と、変化する広域避難者支援

「中国5県支援ネットワーク会議」にて中国地方を担当しております、「うけいれネットワークほっと岡山」のはっとりいくよです。

私が日々、支援の取り組みの拠点としている「ほっと岡山」では、避難者のみなさんからの相談対応や支援情報の提供、避難者交流会等の開催のほか、避難者支援を中心に支援に取り組む県内11団体のネットワークを支える中間支援的な活動を続けています。避難者支援は生活全般に及び、一人ひとりの人権を守る観点や福祉的な支援が必要な側面、また、長期にわたることから定住支援との関わりも必要とされ、より多層で多くの専門機関・行政窓口との連携とサポートのきめ細やかさが求められています。

そうしたことから、それぞれの団体の多岐にわたる支援が、お互いの取り組みの網の目をできるだけ細かく、柔軟に対応できるよう密につなぎあわせ、土台となるネットワークを安定的に築くことで、広域避難者支援の課題解決となるように目指しています。

遠く離れた西日本という環境で、避難生活を継続している多くの方が感じていらっしゃる困難さは、広域避難者支援を考える際、その状況のわかりにくさから抜け落ちてしまう点がないか、ていねいな考察が求められています。

中国5県会議で取り組むこと

避難元から遠方の地域では、独特の状況と課題がいくつもあります。避難元が多様な避難者の存在、支援の不均衡(避難元による違いや、避難先の独自支援、そして等しく支援情報が当事者に認知されていないなど、その原因もさまざまです)、避難先からの隔たりによる影響、長期にわたる理解の継続の難しさ、現在も原発事故の影響を懸念する移住希望者や再避難先として避難移住希望が続くことなど、これらの状況から派生する課題が多く山積しています。

中国5県会議の今年度の取り組みは、中国地方、そして西日本で多く避難者数を数える岡山の状況を踏まえて、これらの傾向が解決の糸口になればと願い、「情報共有」と「政策提言」に絞り込み、活動を継続することを決定しました。わかりにくい広域避難者支援を、より的確な支援に具現化していくためにしっかりと知ること、長期避難者支援に対応した施策につなげるために当事者の声をまん中において提言していくこと、二つの柱をたててネットワークの力をより活かしていきたいと思っています。


【5月広島県庄原市での役員会議】

6月、「おいでませ山口♪定住支援ネットワーク」設立

これまでも中国地方各県それぞれに、避難者支援の連携が緩やかに図られてきました。今年6月には「おいでませ山口♪定住支援ネットワーク」が山口県に設立、キックオフ総会が多くの参加者と共にもたれました。会の目的は、1. 山口県への移住・定住を希望する者への広報活動と支援を行い、山口県全域の地域活性化をすすめる、2. 中国5県支援ネットワーク会議と連携し、2011年に起きた東日本大震災による津波や福島原発事故による被災者の避難・移住・保養支援を行う、この二つを掲げています。

ネットワークのメンバーからは、「設立に時間がかかってしまった」などの意見があがりましたが、十分に支援状況やニーズを見極めるためには、この地域では必要な時間であったのでは、と設立の経緯や参画団体のみなさんの思いをうかがう中感じました。また、「保養(※)」活動に取り組む団体も多く参加しており、福島県内にお住まいの方からのニーズが引き続きあることや、「保養」の機会が得られにくい発達障がいのあるお子さんの受入れをしてきたスキルがある団体の重要さをあらためて知りました。

※ 「保養」…原発事故による放射性物質の環境汚染から健康被害を懸念し、また健康回復をはかるために、線量等が高い地域を離れ中長期間、生活をすることを指しています。


【6月13日山口市で行われた「おいでませ山口♪定住支援ネットワーク」結成総会&講演】

あらたな支援の枠組みを見極める

避難者の方が安定した生活を送るため、今後どこでどの期間、生活をたて直していくかに関わらず、お一人おひとりがその人らしく生きていくためのサポートが引き続き必要です。今いる場所から避難元へ戻られる場合も含め、安定した生活を送るためのサポートへ少しでもつなげていくことも同時に重要です。

また、従来の自然災害時における長期避難の課題では解決の枠組みを持たない問題もあります。原発事故の影響を健康上懸念している方も多くいらっしゃり、長期化するに連れ、それに対応した支援情報の提供や検診のニーズなどが高くなっている傾向があります。このような変化も十分に把握し、今迄の急性期の支援でかろうじて対応してきたことから、あらたな支援の枠組みをもう一度見直していくことも、広域避難の現場では重要であるとあらためて感じています。

避難者の方のみならず東日本大震災による多くの方の大変な思いその一つひとつが、支援のそばに、支える根源にあることを決して忘れず、現在も、また今後の災害支援にもいかされるよう、中国5県会議、及びほっと岡山の活動を続けていきたいと思います。

変化する避難当事者と支援のかたちの中で

中国5県支援ネットワーク会議、はっとりです。
震災から4年めを目前として、あらためてその時間を丁寧になぞりたい気持ちと、被害にあわれた方へ、そして今もなお大変な日々の中にいらっしゃる方々へ心よりお祈りいたします。

この1年を大きく振り返りながら、被災地から遠く離れた中国地方、岡山と広島での避難者支援の現状をお伝えします。

岡山・「西日本から見つめた東日本大震災」シンポジウム開催

12月20日、岡山市にて、東日本大震災広域避難者支援シンポジウム「西日本から見つめた東日本大震災」〜避難者支援の現場から3年9カ月を振り返る〜を、岡山NPOセンター、うけいれネットワーク ほっと岡山の協力で開催しました。避難元からの距離と震災からの時間の隔たりは、時に震災の傷あとを見失しなわせてしまいます。今なお、避難当事者お一人おひとり、その人らしく生活を築いていくには、多くのご理解と支えが必要であることを支援の現場で実感しており、そのためにもこのような「知る」場が引き続き重要であることから企画に至りました。

前半は「広域避難者の現状 -さまざまな視点からみえてくること-」をテーマに、福島県から家族4人で避難された方、岡山で一時滞在や保養のためのシェアハウス「やすらぎの泉」を運営している延藤好英さん、新潟県で避難者支援に取り組む一般社団法人FLIP代表 村上岳志さんの3名に、震災から3年9カ月経った状況をお話していただきました。

当事者の方からのお話では、「避難者」にずっと留まりたくない心の変化や、払い続けている住宅ローン、今でも心の整理がついていないことなどが語られました。支援側の延藤さんからは、母子避難者を受入れてきたシェアハウスの運営や、同じ地域に住み始めた避難者と受入れる地域との葛藤、歩み寄りの様子、そして『人に優しい町づくり』を共に目指していることなどが報告されました。新潟での避難者状況や支援についてお話いただいた村上さんからは、「避難者から生活者」へ変わりつつある様子や、それに伴い避難先での既存の社会資源にどう繋げていくかなどについてお聞かせいただきました。

後半には、岡山県避難支援担当、NPO法人「岡山・ホームレス支援きずな」の豊田佳菜枝さん、コーディネーターに中国5県会議共同代表の福井正樹が加わり、6名でのパネルトーク。避難した先での支援が行政でもまちまちであること、住宅支援の打切り問題から見えてきたこと、当事者が持つ「助けの求めにくさ」など、他地域と比較することで「ここだけの問題」ではないこともあらためてわかりました。困窮者支援に取り組む豊田さんからは、「“いつもここにいるよ”」といった『寄り添う支援』についても触れていただきました。

避難当事者、支援者、当事者である支援者、行政、そして生活全般にわたる支援に携わる団体といった、多層な方々からみた広域避難の現状に触れる大切な機会になりました。

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広島・「原発事故子ども被災者支援法」学習会&交流会

1月25日、広島市にて中国5県会議構成団体である「アスチカ」の協力のもと、「『原発事故子ども被災者支援法』勉強会&交流会を開催、同時に『広島土砂災害コミュニティサポート』支援活動報告会も行われました。避難当事者団体である「アスチカ」は、昨夏の広島土砂災害を自分たちの経験に引き寄せて、東日本大震災、原発事故での被災者の問題とも重なる部分に着目、「当事者にとっては災害が終わっていないという事実の周知」という課題を通して、双方の支援を影響しあい、お互いの活動を高めて行きたいという思いがあったと語ります。

「原発事故子ども・被災者支援法」のお話は、福島市から岡山へ避難された司法書士の丹治泰弘さんに説明頂きました。避難を決めるまでの迷い、原発事故により起こっている問題の指摘、更に支援法の概念の説明や問題点となっている部分にも言及されました。当事者としての体験も踏まえ、支援法がなぜ必要なのかということも含めて、これまであまり関心のなかった方にもわかりやすい内容で、今被災者である人への支援という視点だけでなく、子どもたちのこれからに何を約束するのかという視点も持って考える必要性を改めて確認できる機会となりました。

交流会ではアットホームな雰囲気で、さまざまな立場の方とお話し、お互いの情報交換の場になりました。「新たな視点や学びが得られた、もっと知りたい」、「自主防災会の構築、総合的な支援ネットワークづくり間について考えていきたい」など、参加者のみなさんからは、今後に繋げていきたいご意見や感想が寄せられました。

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今年3月21日には広島にて、中国5県会議主催による復興を考えるフォーラムを予定しています。避難者支援の各地の拠点に訪れる方が少なくなってきても、当事者一人ひとりの歩みのスピードを見守り、被災地から遠いところだからこそ、支えあえる連携を継続していきたいと思いました。「いつもここにいるよ」のメッセージとともに。

中国地方の近況〜「311ご縁つなぎネットワークわっかラボしまね」の誕生など

こんにちは。「中国5県支援ネットワーク会議」の松岡と申します。岡山で「うけいれネットワーク ほっと岡山」の事務局を担当しております。今回のブログでは、「中国5県支援ネットワーク会議」主催のイベント、鳥取・島根・山口の様子と、前回ブログで触れた「ひろしま避難者の会 アスチカ」の広報誌をご紹介したいと思います。

「支援者の支援」セミナー(主催:中国5県支援ネットワーク会議)

「支援者スキルアップ研修会」の2回目として、10月10日(金)に岡山市で「支援者の支援」セミナーを開催しました。今回のセミナーは、避難者やこどもなどの支援に携わっていらっしゃる方のお力になれればと企画しました。震災から3年。支援がまだまだ求められており、支援活動が長期化する中で、特に避難した方が支援に携わっている場合、心身が疲弊しがちな現状があるためです。

講師は広島大学・岡山理科大学などで非常勤講師をされている市場恵子さん。参加者は避難者支援に携わっている方を中心に20名。大学などで専門相談員もされている市場さんの経験談を交えた、相談業務の役に立つお話に、参加者の皆さまと楽しく意見交換できるテーマでのワークショップを組み込んだ、充実した3時間。市場さんのギター演奏や詩の朗読で、ゆったりとした時間が流れ、話を聞くコツ、自己表現のコツなどを和気あいあいと学び合いました。

仕事を抱え込んだり、「支える人間が助けを求めるなんて」と助けを求めることができなかったりして、支援者が疲れ切ってしまわないよう、県内外の支援団体とのつながりを強め、助け合っていければと思います。

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「東日本大震災避難者支援フォーラム」(主催:とっとり震災支援連絡協議会)

10月13日(月)には「東日本大震災避難者支援フォーラム」も開催。支援者、地元の一般の方など合計約30人が参加され、福島県で暮らすことを選んだ方、鳥取に避難された方のお話をうかがいました。相反する選択をされたお二方のお話をお聞きして、「どちらが正しいということではなく、それぞれの選択は、どちらも正しい」、「どちらも根本に持っている思いは同じである」ということを皆様に知っていただき、認めあうことで、違う考えを持った人同士の溝を少しでも埋めていければという思いからの開催でした。

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島根県で「311ご縁つなぎネットワークわっかラボしまね」が誕生!

島根県には避難者支援を中心に活動している団体がありませんでしたが、避難者同士が繋がり、地域に根ざしていくためのお手伝いをしていく環境を作ろうと、県内の自主避難者を中心に6月に「311ご縁つなぎネットワークわっかラボしまね」という団体が立ち上がりました。

まずは定期的な交流会を通じて、県内の避難者や避難者が抱える困難を把握し、必要な支援に繋げるために動き出すところです。メンバーが県内全域に居住しているため、各地で輪が広がって行くことを目標に、初めての交流会を年内に開催する予定です。

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立ち上げメンバーでの交流会の様子

山口県でも「おいでませ山口♪定住ネットワーク」が形成される見込み

山口県では、従来から東日本大震災の避難者を支援している「山口県避難移住者の会」や「福島〜山口 いのちの会」などの複数の支援団体によって、各団体の独自性を尊重しながら新たなネットワークが形成される見込みです。今年の年末までには正式に結成される予定で、「おいでませ山口♪定住ネットワーク」(仮称)という名称のもと、避難者の定住や雇用等に関する支援を目的とした活動を行うとのことです。

「ひろしま避難者の会 アスチカ」の「アスチカとぴっくす」

前回のブログでご紹介しました「ひろしま避難者の会 アスチカ」で発行している広報誌の最新 第5号をご紹介します。
アスチカとぴっくす第5号(PDF:約597KB)

「たねまく広場」では、避難者さんや南相馬市の仮設住宅にいらっしゃる方の手作り作品、体験記なども購入できます。ぜひ手にとってご覧くださいね。

広島「たねまく広場」と、岡山「うけいれネットワークほっと岡山」事務局がオープンしました。

はじめまして。「中国5県支援ネットワーク会議」のはっとりいくよです。中国地方の岡山県では「うけいれネットワーク ほっと岡山」の事務局を担当しています。

中国5県会議は、中国地方に活動拠点を持ち東日本大震災・原発事故における避難者支援活動に携わる多層な団体によるネットワーク組織です。こちらのブログでは、広くたくさんの方々に避難者の状況を知っていただくとともに、中国地方各地にいらっしゃる避難者の様子や当事者団体、支援団体の状況を私たちが随時把握することで、抱えている問題解決の次の一歩の橋渡しになるように、また支援の網の目が細かくなるように心がけながら取り組んでいます。
今回は、広島と岡山での避難者支援の状況をお伝えしたいと思います。

広島「たねまく広場」がオープン

今年6月、「ひろしま避難者の会 アスチカ」は、避難者に限らない交流スペース「たねまく広場」を広島市内にオープンしました。気軽にいつでも立ち寄れて、ゆっくりくつろげる場を大切にした様子がいろんなところに伺えます。ほっとひと息つけるカフェコーナー、ハンドメイドの雑貨販売、キッズコーナー、一つひとつのディスプレイ。どれも心がこもっていることを感じます。オープンまでの半年、会の皆さんは丁寧に準備を重ねてきていらっしゃいました。

「楽しく交流をしながらも、目にした被災地の情報・広島の情報や集った人々とのおしゃべりなどを通して、何か一つ新しい発見を持ち帰っていただけるような空間になることが希望です。」と三浦綾さん(アスチカ代表)。

情報コーナーには被災地・被災者に関わる資料や避難者向けの生活情報、ふるさとの情報なども自由に閲覧でき検索用パソコンも設置。欲しい情報をプリントアウトもできます。また、お料理教室や法律相談などの開催も豊富。 お気軽にお立ち寄りくださいね。
たねまく広場の詳細

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たねまく広場のあったかな看板がお出迎え。

岡山「うけいれネットワーク ほっと岡山」事務局オープン

同じく6月、岡山では東日本大震災に関連する10の支援団体による連携組織「うけいれネットワーク ほっと岡山」が岡山市内に事務局を開設、同時に避難者相談のワンストップ窓口を常設化しました。

ほっと岡山では、構成団体それぞれの取り組みが連携することでスムーズに活動できるように、また課題解決にむかえるように緩やかにつながってきましたが、震災後3年めを迎え取り巻く状況の変化から、よりネットワークすることが求められてきたために組織の土台を整える運びとなりました。また避難者の相談窓口の一本化として事務局の相談対応ブースを設けています。開設の反響は岡山県内で大きいことを実感、当事者の相談に留まらず、県内各地から支援の申し出や、行政との更なる連携の提案、中間支援組織からのサポート、広報対応など、多岐にわたっている状況です。

それぞれの避難者の変化する状況を支えながら、ネットワークすることの強さを実際に体現する機会を大切に、これからも支援の支え手となれるよう続けていきたいと思います。
うけいれネットワーク ほっと岡山

避難者支援に関わる拠点があることは、今後訪れる方が少なくなったとしても、ずっと「ここにある」ということが少しでも支えになれるのではと支援の傍ら実感しています。
これからもさまざまなところからどうぞ見守りくださいますよう、よろしくお願いいたします。

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各団体がそれぞれの取り組みを振り返るダイアログの様子。